【大震災の想い出はフロアマット】


【大震災の想い出はフロアマット】

3月11日でした。
東日本大震災から早5年。犠牲者の方々に改めて哀悼の意を表させて頂きます。
2011年3月11日は、今でも鮮明に覚えています。

当時はまだT社のサラリーマンでした。当日は、午前中から妙に気分が悪くて会社を早退し、寮で寝てたら大きく揺れたのを覚えています。名古屋も水槽が溢れるほど大きく揺れました。

私の震災の想い出は、自動車のフロアマットと大きく関係があります。
当時、T社の海外部門において、中国生産の良質廉価の純正フロアマットを中国から直接世界中に輸出し、純正フロアマットの使用率を向上させるというプロジェクトの担当をしていました。

2009年末に米国において、非純正のフロアマットを使用していたためアクセルペダルが引っかかり、制御不能となったレクサスが死亡事故を起こした事件を受けての重要プロジェクトでした。

人手が足りなかったこともあってか、若手の自分に非常に大きな仕事をさせて頂きました。
中国のT社現地法人に長期の有償出張をさせて頂き、現地の仕入先調整、調達流通ルート・在庫ルールや、
輸出する南米やアフリカ諸国をはじめとした 当初取引先との決済方法の調整など、全く新規の貿易事業を立ち上げるという、血が沸騰するほど面白い仕事だったのを覚えています。

【大震災の想い出はフロアマット】

そんな仕事を担当していた最中に、あの震災が起こりました。
震災が起こった直後の出張でセントレアに行った際には、東北から逃げてきたと見られる中国人が何とか飛行機に乗ろうとして騒いでいて、近くにいると何日も風呂に入ってない異臭が鼻についた記憶があります。

中国につくと、現地のTVが無神経に原発が大爆発するCGを放送し、中国東部が全て放射能に汚染されるというデマが流れ大騒ぎになっていました。
仕事に集中したいと思いながら、「これから日本はどうなるのだろう?」という焦燥感を抱えながら働いていた思い出があります。
それ以前から、民主党への政権交代を経て、リーマンショック後の超円高と会社創立以来初めての大赤字など、一生懸命働けば働くほど、会社も世の中 も悪くなっていくという「戦後のどん底」の悪循環に危機感を覚えていて、震災によって『とどめを刺された』という思いでした。

人生で最も衝撃を受けた、「日本はもはや衰退国家。これからは中国の時代」という言葉を仲の良い中国人の友人から何気なく言われたのもこの時期でした。
当時は本気で、あと2、3年で日本は財政破綻をすると思っていました。

そのような中、自分の人生はお国の復興の為に捧げたいという思いで、会社を辞めて松下政経塾に入る決心をしたのでした。
しかし現実は、震災から5年が経った現在を見ると、「当時の予想にくらべると」、日本は幾分か落ち着きを取り戻したという気がします。人口減少を はじ
め根本的な問題の解決には全く至ってはおりませんが。
そういった意味では自分の「先読み力」は、まだ当時未熟だったのでしょう。
会社に残っていれば、少なくとも自分個人の生活は、今よりも随分楽なものだったでしょう。今ほど色々な意味で苦労する事もなかった。

親孝行も出来ていたのでしょう。
しかし、一度しかない人生。

あの時に決断できていなければ、きっとその後の人生で後悔する事もあったのではないかと…。
その意味では、自分の選んだWinding roadに、一片の後悔も無い気が致します。

いずれにしても、大震災は自分の人生にとって大きな出来事でした。
これからも、日本人として、頑張ります。日本国の全ての皆様に、感謝を込めて。

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